2014年4月アーカイブ

セウォル号沈没に思う

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セウォル号沈没

 2014年4月16日に起こった韓国のフェリー「セウォル号」の沈没事故には心が大変痛みます。死亡者の方には心から哀悼の意を表します。

 たまたまこの船が沖縄航路に就航していた元「なみのうえ丸」だったこともあり、この事故についてかなり関心をもち、自分なりに事故経過を整理しいろいろ考えました。

 事故の直接原因は、改修後、客席や積載量を増やして復元力の弱まった船が、何らかの理由で急旋回をして積み荷がくずれ、バランスを崩して傾き、ついには沈没したということでしょう。

 急旋回の理由は不明ですが、この事故を象徴しているのは、やはり、船長ら操船関係乗組員がいち早く船から脱出したことです。道徳的なものとかではなく、この人たちが普段から何を考えていたのか? ということが、この行動に表れたのだと思います。

 そして、この事故は今後調査が進むにつれて、韓国社会のいろいろな問題点を浮き彫りにしそうな予感がします。

 韓国は自動車、テレビ、スマートフォンなどで日本に追いつき、ある面で凌駕していると思いますが、今回の経緯を見ていて、先端的ネット利用の突出ぶりに比べ、一般的な生活行動のあり方が、日本とかなりずれがあるのだと感じました。

 この事故の後始末がどうなるのか。他国ではありますが、できればもっとわかりあえる関係になりたい国でもあり、注意深く見守っていくつもりです。

司馬遼太郎 街道をゆく21 神戸・横浜散歩、芸備の道

 週刊朝日1979年7月~10月、1982年10月~12月連載。タイトル最初の神戸・横浜散歩は、新しい町だけに「街道をゆく」的な歴史的内容がほとんどないので省略。「芸備の道」がよい。

 芸備とは、安芸と備後で、今の広島県である。安芸といえば毛利だが、まずは、他の浄土真宗系宗派とちがい、領主と争うことがなかった「安芸門徒」。領民に対し温和な政治態度をとった毛利元就の内政感覚がよかったことよる。また、このあたりに民話がほとんど残っていないのは、浄土真宗が念仏による救いだけが重要で、それまでの民話的なものは否定されたことが原因らしい。

 広島市街から20キロ北上すると日本海と瀬戸内海への分水嶺に行き当たるという不思議な位置。現在の広島は文化的に瀬戸内海だが、古代の北部地方は出雲文化圏だった。

 毛利元就の居城だった吉田町までの道沿いに、幕末維新で活躍する長州藩士の姓(桂、福原、国司、入江)が地名として連なっている。つまり長州藩士のルーツなのだ。関ヶ原敗戦後、山口に移転させられた際、家臣団のほとんどが知行も扶持をもらえなくて、百姓になってでも移り住んだ。そのことが幕末の長州藩の身分を超えた結束の強さになっているという。

 元就の居城はこの吉田町北部にある郡山城。200mほどの山全山を城塞化した。尼子氏との戦いでは、領民もすべて城の中に入れ籠城し、周防の大内氏から援軍がくるまで堪え忍ぶという戦法。あまり格好良くないが、この考え方は「朝鮮山城」といい隣の国で有名な戦法らしい。
 郡山城は毛利氏が広島へ移り、さらに山口へ移されて忘れられ、ついには島原の乱のあとの幕府政策で、叛徒に利用されないよう全くの廃城にされた。

 元就は次男だったが、幼少の頃に両親が他界し、父広元の側室だった「大方殿」に育て上げられた。まだ毛利家を継ぐ前の話で、地味ながら中国地方に一大基盤を築く、元就の成長にかなり影響を与えたらしい。

 吉田からさらに北上し、三次(みよし)に入る。ここで司馬遼太郎は、読み方の特異なこの地名の由来について考え、元は朝鮮語由来の「水村(ミスキ)」ではなかったかとしている。三次盆地には広島県内の1/3の古墳が集中しており、古代朝鮮半島からわたってきたタタラ衆による製鉄が盛んだったらしい。この三次は山中の盆地で、湿気が多いので肺結核など病気にかかりやすい土地だった。徳川時代になって広島の浅野本家からこの三次に分家が作られたが、代々の当主が病気で若死にするので直轄領にせざるをえなかったらしい。

WindowsXPサポート終了

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WindowsXPサポート終了

 2001年に登場してから今日まで世界中で使われているWindowsXPもついにサポート終了です。インターネットにつなげなければある程度安全に使えますが、USBメモリーなどで感染するウィルスもありますので、気をつけないといけません。私自身は新しいOSが登場すると半年くらいで乗り換えていたので、すでにXPは使っていません。

 思えば、XPは95、98、MEときたOSに比べて格段に安定したOSだったので、普及したわけですが、初期バージョンはセキュリティが甘く、世界中でウィルス感染を引き起こし、逆にコンピュータウィルスの防止策普及の引き金となったことが一番印象に残っています。

 私の教室には廃棄するXPPCが残っており、HDDの完全消去作業を行ってから廃棄します。Destroyというフリーソフトを使います。1台だけお客さんからもらったソニーのVaioデスクトップは博物館ものということで残しておこうと思います。

 さらばWindowsXP。やすらかにお眠りください。

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