2014年5月アーカイブ

陳舜臣・NHK取材班 シルクロード 第五巻 天山南路の旅 トルファンからクチャへ
 NHKシルクロード特集書籍版第五巻は、天山南路の旅。タリム盆地(タクラマカン砂漠のある大盆地)北には、天山山脈がそびえている。この山脈の南側をとおるシルクロードが天山南路。

 敦煌から北東にハミ、トルファン、カラシャール、コルラ、クチャ、アクス、カシュガルと続く道。この中では火炎山とトルファン周辺の遺跡群(高昌故城、交河故城、ベゼクリク)と、クチャのスバシ故城など、砂漠に埋もれることなく、しっかり残っており、グーグルマップの航空写真でもすぐに見つけられる。

 トルファン地域は漢時代は車師国、唐の時代は高昌国だったが、いわゆる西域全体の東端に位置しているので、匈奴や漢などの大国にいつも振り回されていた。玄奘三蔵はこの高昌国を通ってはるかインドまでいったそうだ。

 その後高昌国は7世紀半ば唐に滅ぼされ、唐の支配下に入った。そのおかげでトルファン名産の葡萄酒が唐で流行したようだ。その頃まではイラン系の住民だったが、そのごトルコ系のウィグル族がこの地域の覇権を握り宗教もイスラム教になった。

 トルファンには、カレーズという砂漠の地下を掘り進めた地下水道がまだ残っていたそうだ。トルファンからコルラまでは当時ほぼできあがっていた南疆鉄道を利用して移動したようだ。

 クチャは亀玆国の跡地。亀玆の場所は、西域のほぼ中央にあり、漢の時代から4世紀頃までかなり栄えたらしい。後漢の時代の名将班超の進出、4世紀に滅ぼされたときは、名僧鳩摩羅什と亀玆楽が中原にもたらされた。クチャ近くのキジル千仏堂の壁画には五絃琵琶を弾く伎楽飛天の絵がある。正倉院に残る五絃琵琶と同じらしい。

井上靖・長澤和俊・NHK取材班 シルクロード 第4巻 流砂の道 西域南道を行く
 1980年代のNHKシルクロード特集の書籍版、第四巻は、タクラマカン砂漠の南側のオアシスをとおる「西域南道」と呼ばれるルートです。この特集取材上最も危険なルートだったようです。

 前巻で登場した楼蘭から西南へ、ミーラン、チャルクリク、チェルチェン、ニヤ、ホータンと取材していますが、現存するオアシス都市は当時のオアシスとは場所も住んでいる人も違うということです。近くにある当時の遺跡はすべて砂漠の中なので朽ち果てた材木や崩れた壁などが見つかるくらいです。ニヤ遺跡はグーグルマップの航空写真でも何となくこれかな?という箇所が見つかりました。西域南道は当時も大変厳しいルートだったので割と早期に使われなくなったようです。

 内容とは関係ありませんが、このタクラマカン砂漠周辺は中国の原爆実験など極秘軍事施設が多い地域だったらしく、Wikimapia(ウィキマピア)というサイトで見るといろいろな基地跡地が見られます。当時の取材班も軍事機密に触れそうな場所の取材は認められなかったようです。

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