2008年10月アーカイブ
今年は、7月にベートーヴェンのピアノ協奏曲5番と、この間のサン=サーンス/ピアノ協奏曲第5番(奇しくも番号が同じ・・)と、ピアノ協奏曲を2曲も吹く機会に恵まれました。
残念ながら、ベートーヴェンでは納得のいく演奏ができませんでした。原因はいろいろありますが、結局私には合わない曲だったのかと・・・。ミューズは私に微笑んでくれませんでした。
その後、サン=サーンスの練習に入り、こちらはひょっとすると音楽的には自分に合っていそうだと思いつつも、マウスピースが試行錯誤状態でうまく吹けない。
写真に写っているたくさんのマウスピースは、試行錯誤の残骸です(;´_`;) そういえば、マーラーの「復活」の時もこんな感じでした。
結局、9月に900円程度で落札したポマリコの傷有りクリスタル・マウスピースが最終結論となり、本番では、ある程度納得できるフランス音楽っぽい音が出せました。
そうそう、サン=サーンスのピアノソロは大城英明さん。素晴らしい演奏でした。おかげで、私の演奏経験の中でも記憶に残る協奏曲伴奏になりました。大城さんに改めて感謝!
空海をはじめ、日本の宗教界についてはほとんど何の知識も興味もありませんでしたが、空海については、以前読んだ司馬遼太郎のエッセイ集で、入唐の際の逸話が紹介されていたのと、漫画喫茶で偶然、ジョージ・秋山の空海本を見つけ、ちょこっと読んだのとで、興味がわきました。このあたり漫画も馬鹿にできません。
この本では、空海の一生を、日本が生んだ最初の国際的な「天才」として描いています。讃岐から京都、中国の長安、そしてまた京都、最後は高野山と、空海が体験したであろう、当時のいろいろな「風景」をきちんと説明しながら、おもしろく描写しています。
宗教的な面も、専門用語は必要最小限にしながら、当時の仏教界の流れと、空海の思想を明らかにしています。
その中で、一番印象に残るのは、やはり、遣唐使船で入唐したときの逸話と、長安で漢詩や書などで、大評判を得たこと。そして、密教の責任者としての地位を譲られたことです。
ほとんど無名だった空海が、当時、世界の中心であった長安での輝くばかりの評判を得たことは、今ならどのような形でたとえられるのでしょうか。この部分は誰にでも共感が得られる成功物語(サクセス・ストーリー)です。
帰国後、真言宗の基盤を着々と固めていく空海。当時の政治状況や、嵯峨天皇との関係、そして、同じ遣唐使船団で行きながら、まったく違う歩みを選んだ天台宗の最澄との関係は、この本で初めて知りました。
最後に高野山と空海の死。高野山を開いたことを、司馬遼太郎は、空海の長安での想い出とからませて描いています。
宗教のみでなく、芸術の分野や土木分野にも、大きな功績を残した空海は、あのレオナルド・ダ・ヴィンチと似通った存在なのだと思いました。空海の映画も作られているので、いつかDVDを見たいと思います。
余談
空海とはほとんど縁がないと思っていたのですが、大学時代、夏の合宿地だった香川県多度津の海岸寺は、空海の生誕地だとも言われているようです。ただし、私たちはそんなことは全く知らず、合宿打ち上げ恒例の寸劇大会では、イエス・キリストが、お寺の祭壇の中から現れるなどという、罰当たりなことをやってました・・・。
